「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

 シナリオ講座の二回目の講義まで先生とは顔を合わせなかった。
 赤井さんと先生の関係にちょっとだけ悶々としながら過ごし、先週と同じ時間に教室に入った。

「藍沢さん、こっちよ」

 席を取ろうとキョロキョロしていたら、前から三列目の席に座る大塚さんが私に手を振った。

「大塚さん、今夜は早かったんですね」

 大塚さんが取っておいてくれた席に腰を下ろした。

「うん。早めに来て宿題を仕上げようと思ったの。藍沢さん、シナリオ書けた?」
「はい」

 今回のシナリオは原稿用紙二枚~五枚程度で、シナリオの基本的な書き方を理解しているか確認する為のもので、内容は問わないと先生は言っていた。

「私も今書けた」

 大塚さんが手書きのシナリオを見せてくれる。タイトルを見て思わず噴き出した。

「『おかしな夫婦』ってなんですか」
「ちょっと笑いを取ろうと思って」

 大塚さんからそのような発想が出てくるとは思わなかった。

「藍沢さんはどんなの書いたの?」
「私は普通のことを」

 鞄からシナリオを取り出すと、大塚さんがタイトルを見た。

「『偶然』か。いいんじゃない」

 ニコッと大塚さんが微笑む。
 先週、加瀬さんと偶然会ったことを元にして書いた。元恋人と遭遇したヒロインが元恋人の奥さんの前で二股だったことをぶちまける話だ。書いていてちょっと気持ち良かった。

「提出しに行こうか」

 大塚さんと一緒に教卓の上の白いカゴにシナリオを提出した。
 生まれて初めて書いたシナリオを先生が読むと思うと、緊張する。先生は私のシナリオを読んで怖い女だと思うだろうか。