「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

「いや、俺なんて、大した脚本家じゃないんだ」

 先生の表情が暗くなる。

「そんなことないです。私、先生の作ったドラマ好きでしたよ。特に『アオの教室』は夢中で見たんですから」

 この間調べて、先生のプロフィールは知っている。現在三十二歳の先生は二十歳でデビューしてからテレビドラマを中心に脚本を書いてきたようだった。その中には人気シリーズのドラマもいくつもあり、間違いなく先生は第一線で活躍してきた脚本家だ。

「ありがとう。だけど今は脚本家の仕事は休んでいるんだ」

 先生がふっとため息をつく。
 大塚さんがあの事件のせいで先生が仕事を干されているんじゃないのかと言っていたけど、さすがに本人には聞けない。

「じゃあ、今は充電期間なんですね。私もそうかな」
「そうなの?」

 先生がじっとこちらを見る。こげ茶色の瞳に見つめられて何だか照れくさい。

「実は私、逃走中なんです」

 そう言えば先生は気づいてくれると思ったけど、先生は目を丸くしただけだった。

「どういうこと?」

 ピーと乾燥機のアラームが鳴る。先生の洗濯物が終わった合図だ。

「三十分経ちましたよ」
「いいところで終わりか。ドラマだったら次の回が気になる」
「私の話なんて平凡でドラマみたいに面白くありませんよ」
「そう言われるとますます気になる。藍沢さんの話、聞きたいな」

 興味を持ってもらえるとは思わなかった。

「こういう時はお酒がいいな。ねえ、藍沢さん、近所にいい居酒屋ないの?」
「え?」

 首を傾げると先生がクスッと笑った。