「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

「どうぞ」と言って先生がティッシュをくれた。
「ありがとうございます」

 保険会社の名前が書いてあるポケットティッシュだった。
 半年前も先生は広告がついたティッシュをくれたな。

「遠慮なく全部つかっていいよ。配ってたやつをもらった物だから」

 先生の優しさがじんわりと体に染み込んだ。

「気を遣わせてすみません」
「いや」
「元彼からのメッセージだったんです。私、引っ越し荷物を片付ける仕事をしているんですけど、今日伺ったお家が元彼のマンションで、しかも綺麗な奥さんと可愛い赤ちゃんまでいて、けっこうハードな現場でした」

 ハハッと茶化して笑うと、先生が真剣な表情をした。

「さっき笑顔が似合うといったけど、苦しい時は無理に笑わなくていい。俺は藍沢さんには心から笑って欲しい」

 〝僕〟ではなく〝俺〟と言った話し方が素の先生の気がして、少しだけ先生が近くなった気がした。

「さすが人気の脚本家ですね。言葉が胸に響きます」

 ハッとしたように先生が切れ長の目を見開く。