「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

 昨日に続き、先生と会うとは思わなかった。

 大きな袋を持っていた先生は自動ドアの前で苦戦していた。
 ここのコインランドリーの扉は自動ドアのセンサーが上手く作動しなくて、ドアの前に立っても開かないことがよくある。

 私は中から扉の前に立ち、自動ドアを開けてあげた。

「外から入るときは、扉上のセンサーに反応するように立つと開きますよ」

 センサーを指しながら小早川先生に教えると、先生が両眉を上げて私を見た。その顔に眼鏡はない。素顔もやっぱりイケメンだ。

「藍沢さん、どうしてここに?」

 先生がそう聞くのもわかる。

「奇遇ですね。このコインランドリーの近所に住んでます」
「そうだったんだ」
「心配しないで下さい。ストーカーとかじゃないんで」

 冗談めかしてそう言うと先生が口の端を上げる。

「そんな風には思ってないよ」

 そう言って先生がコインランドリーの中に入り、洗濯物を乾燥機に入れる。
 百円玉を三枚入れる金属音が響いた。
 このコインランドリーは十分百円で乾燥できるので、わりとお得だ。

「ここよく利用するんですか?」
「今日が初めて。僕の近所のコインランドリーより安いね。今度から利用しようかな」
「どうして近所の方に行かなかったんですか?」
「なぜか空いてなかったんだ。今日は晴れだったのにな」

 そう言って先生が近くの椅子に腰を下ろす。

「もし時間があるなら、三十分話し相手になってよ」

 トントンと先生が隣の椅子を叩く。
 その時、初めて自分が仕事帰りのポロシャツとチノパンという、あまり先生に見られたくない服装だったことに気づいた。