「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

 父も今日は休日出勤をしているからいない。父がいても母は頼まないだろう。「何だか心配でお父さんには頼めない」といつも言っているくらいだ。

 気を抜くと動けなくなりそうだったから、私は白ポロシャツに黒チノパンの仕事着のまま青い袋を肩に担いで徒歩五分の場所にあるコインランドリーに向かった。

 今日は晴れだったし、この時間にコインランドリーに来る人はあまりいなそうだ。
 思った通り誰もいないコインランドリーの中に入り、洗濯物をドラム式の洗濯機に放り込み、扉を閉めてコインを投入する。洗濯機がゆっくりと回転し、横の表示パネルに残り時間が出た。

【60分】

 乾燥まで込みの時間だ。それくらいはかかると思っていたから、一旦帰ろうと思っていたが、帰るのが面倒くさくなった。
誰もいないし、ここで待っていてもいいか、という気になり、休憩スペースを作る。

 真ん中に置かれている木製の大きなテーブルの近くにはこげ茶色の丸椅子があり、私は丸椅子をテーブルの前に置き、腰を下ろした。そして、テーブルに両腕を置き、その上に頭を寝かせて目を閉じた。椅子は少し硬いが、テーブルの高さが丁度いい。洗濯機が回る音も何だか心地いい。

 今日は疲れたな。往復で三時間も電車に乗ったし、都内は人が多いし、高級マンションは気を遣うし、赤ちゃんは可愛かったけど、加瀬さんの奥さんを見てしまった。肉体的というよりも精神的に疲れているんだな。少し寝よう。そう思った時、「あれ?」という男性の声がした。

 目を開けて、声の方を見ると自動ドアの外でひっかかっている男性がいた。ワイシャツにスラックス姿の彼を見て、僅かに鼓動が速くなる。

 ――小早川先生だ。