「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

　リビングに入って来たカジュアルな服装の男性は、やっぱり加瀬さんだった。相変わらず自信に満ちた表情をしている。
加瀬さんは私たち作業員に「ご苦労様」と声をかけると、何事もなかったように奥の部屋へと行った。

　確かに目が合ったはずなのに、加瀬さんは私を見て動揺することはなかった。私に気づかなかったのだろうか？　顔を合わせたのは半年ぶりだし、服装も見慣れないものだし、わからなかったのかも。その場はそう思うことで自分を納得させたけど、帰りの電車の中でなんだかすごく胸に引っかかって悶々とした。

　もしかして加瀬さん知らないふりをしたんじゃないの？　だって一年付き合ったんだよ。気づかないってことある？

『お前、加瀬に遊ばれてたんだよ』

　ふと高坂さんに言われた言葉が過り、さらに苛立ちが募る。
　加瀬さんと別れた時以上に何だか腹が立ってくる。

　なんで今日、再会してしまったんだろう。もう最悪。