「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

「私も思った。でも、多分あの事件があって先生は干されているのかも」
「あの事件?」

 首を傾げると、大塚さんが言いづらそうな表情を浮かべる。

「藍沢さんは、半年前の事件を知らない? 小説原作のドラマで、原作者と脚本家が対立して、そのドラマ途中で打ち切りなっちゃってさ、SNSですごい盛り上がったの」

 ネットの記事で何となく読んだ記憶がある。ドラマの視聴率は悪くなかったが、ヒロイン像が原作小説と大きく違っていたらしく、そのことが許せなかった原作者が脚本家を訴えたというような話だった。

「まさか、そのドラマの脚本家が」
「うん。小早川先生」

 先生にそんな過去があったなんて知らなかった。

「びっくりだよね。SNSで脚本家が悪いってかなり叩かれてさ。でも、ドラマ版のヒロインの方がいいっていう声もあったんだよね」

 鉛を飲み込んだように胸が重くなる。

「あの事件があってから、先生は脚本を書いていないみたいなんだよね。だから、脚本家の仕事がなくなっちゃったのかなと思って」

 大塚さんが心配そうにため息をついた。

 そうだとしたら、彼は望んで講師をしている訳ではないのだろうか。でも、シナリオのことを話す彼は生き生きとして楽しそうだった。好きで教えているように見えたけど、本当はどっちなんだろう?