「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

 午後九時に講義が終わり、その後、大塚さんにお茶に誘われ、ショッピングセンター内にあるカフェに行った。

 夜十時閉店なので、店内にあまり客はなく、私と大塚さんはふかふかのソファがある席を選ぶことが出来た。

「赤井さんだっけ? 授業が終わったあとも先生にぐいぐいといってたよね?」

 向かい側に座る大塚さんがブレンドコーヒーを飲むとそう言った。
 先生と話したかったけど、赤井さんがいたから何も話せなかった。

「そうだね。あの人、積極的だったね。先生の作品が好きだと言っていたけど、ファンなのかな?」
「そうなんじゃない。小早川先生は人気の脚本家だからファンがいてもおかしくないよ」

 人気の脚本家というフレーズが胸に刺さる。

「そうだったの?」
「藍沢さん、小早川春希って名前、見たことない?」

 首を左右に振ると、大塚さんが私でも知っている人気ドラマや映画の名前をあげた。

「へえー『アオの教室』を書いた人だったんだ」

 私が高校生の時にヒットした学園ドラマで夢中になって見ていた。大塚さんが挙げたその他の作品もヒット作として世間に知られているもので、人気脚本家というのは本当だと思った。

「そんな人気脚本家がカルチャーセンターでシナリオを教えていていいの?」

 大塚さんがクスッと笑う。