「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

「何が不安ですか?」

 優しい物腰で聞かれて鼓動が速くなる。
 一体私はどうしたのだろう。彼に会った瞬間からおかしい。

「あの……私にシナリオが書けるか自信がなくて」

 そう口にした途端、笑い声がした。彼の周りにいた女性たちが笑っていた。

「シナリオが書ける自信がないんだったら、シナリオ教室に通う意味がないじゃない」

 女性たちの言う通りである。バカな質問をして、頭から湯気が出そうになる程恥ずかしい。

「そんなことないですよ。彼女が不安に思うのは当然です。シナリオを書いたことがないんですから。そういった方でも書けるようにするのが僕の仕事です。笑うのは失礼だと思いますよ」

 彼が低い声で女性に言った。
 女性は気まずそうに押し黙り、彼が私に視線を向けた。

「そんなに気負わなくて大丈夫ですよ。僕があなたの言葉を必ず引き出しますから。それに、わからないことや、執筆の悩みがあったら言って下さい。ちゃんと答えます」

 彼の言葉が力強く響いた。『逃げていいんだよ』と言ってくれた時と同じで、彼は私の気持ちに寄り添ってくれる。

「あ、ありがとうございます」

 決めた。シナリオを習ってみよう。私の中にどんな物語があるかわからないけど、何か新しいことを始めてみたかった。久しぶりにわくわくする。