「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

「美桜、お待たせ」

 波の音に耳を傾けていたら、春希さんの声がした。
 目を開けると、愛しい人の顔がある。

「はい。イチゴソフト」
「ありがとう」

 感謝の気持ちを込めて口にした。
 それから、ベンチに三人座ってアイスを食べる。

「さっきパパがママとはあの階段で出会ったって」

 希が思い出したように、歩道と浜辺をつなぐ階段を指す。
 不安でたまらなかったあの夜、階段に座り、泣いていた。

『大丈夫?』

 そう声をかけてくれた優しい男性は、今は私の最愛の人だ。そして、『逃げていいんだよ』という言葉が私に勇気をくれた。逃げたからこそ、立ち向かう勇気が湧いた。逃げることは負けじゃない。次の活力が溜まるまでの避難だ。あの時、逃げ出さなかったら、きっと今の幸福は掴めなかった。

「春希さん、あの時、声をかけてくれてありがとう」

 ソフトクリームを食べていた春希さんが私を見て微笑む。

「こちらこそ、出会ってくれてありがとう」

 春希さんの言葉に胸がいっぱいになる。

「希。ここはパパとママが出会った大事な場所なのよ」

 希に向かって言うと、意味がわかっているのか、神妙な表情で頷いた。それが可愛らしくて、春希さんと同時に笑った。
                                     
 終