「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

 途中でタクシーを拾う予定だったけど、楽しくて、結局、先生の家まで歩いた。
 二階のリビングのソファに落ちつくと、先生がミネラルウォーターをくれた。
 冷蔵庫から出したばかりのミネラルウォーターは冷たくて心地良かった。

「実はもう一つ、藍沢さんに打ち明けなきゃいけないことがある」

 そう前を置きしてから、隣に座る先生が話し出した。

 それは海浜公園でのことで、先生が探していた女性が私だったこと、そして、あの夜、私と別れた後に、打ち切りになったドラマ関係者に突き飛ばされて、先生が歩道橋から転落したという話だった。

 転落したと聞いて、心配で呼吸が止まりそうになった。

「もう怪我は大丈夫なんですか?」
「うん。何ともないよ」
「良かった」
「心配してくれてありがとう。まあ、それで、あの夜の記憶が曖昧になっていたんだ。だから藍沢さんとシナリオ講座で会った時も、藍沢さんのことは覚えていなかったんだ。でも、藍沢さんのシナリオを読んで思い出した。泣いていた彼女の横顔や、俺の冗談に笑った顔。そして、最後はタクシーに乗せたこと」

 そう言って先生は微笑んだ。

「まさか片思いの相手が藍沢さんと同一人物だったとは思わなかった」

 嬉しそうに笑う先生を見て、少しだけ不安になる。