「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

「藍沢さん」

 閉店10分前にカフェに入って来たのは、先生だった。

「先生、遅い!」

 大塚さんが先生に向かって言う。

「ごめん。みんなに掴まってて」

 飲み会が終わった後も、先生は女性陣に囲まれていた。

「じゃあ、藍沢さん、先生とごゆっくり……って、あと10分しかないけど」

 大塚さんが立ちあがる。そして、大塚さんと交代するように先生が隣に座った。まさかこのソファに先生と座れる日が来るとは思わなかった。

「遅くなってごめん。大塚さんにここのカフェで待っていると聞いて、急いで来たんだが」

 先生が来ることを大塚さんはひと言も教えてくれなかった。私の気持ちを知っているから、もしかして、お膳立てしてくれたのだろうか。

「私は先生が来るの知りませんでした」
「俺、邪魔だった?」
「大塚さんと女子トークを楽しんでいたのでちょっとだけ」
「ごめん」
「冗談ですよ。飲み会ではあまり話せなかったから、先生に会えて嬉しいです」
「良かった。時間がないから、これを今すぐ読んで欲しい」

 そう言って先生が鞄からシナリオを取り出した。私が先生に提出したものだ。

「読んだから。すごくよく書けていたよ。それから……最後にコメント書いたから、ここで目を通してくれると嬉しい」

 少し言いづらそうに先生は言い、私にシナリオを渡した。

「わかりました」

 私は最後のページを開き、先生の赤ペンの字を読む。

【藍沢さんの好きな人って、俺?】

 カアーと体中が熱くなる。こんなにストレートに聞かれるとは思わなかった。