「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

「ちょっと興味は湧いたんですけど、私にシナリオ書けるのかなと思って」
「先生に質問してみたら? ねえ、聞きに行こう」

 立ち上がった大塚さんがぐいっと私の腕を掴んだ。

「ちょっと大塚さん」

 いきなり彼に話しかけるなんて無理だ。そう思っているのに、ぐいぐいと大塚さんが私を、女性陣に囲まれている彼の元へと連れて行く。

「先生は独身なんですか?」
「恋人はいますか?」

 彼の周りでは明らかにシナリオの講座とは関係のない質問が飛び交っていた。

「プライベートなことはちょっと控えさせて下さい」
「先生、講座を受けるか悩んでいるのですが」

 大塚さんが声を張り上げた。
 彼の顔がこっちに向き、眼鏡越しの瞳が私をとらえる。
 たったそれだけで、心臓が大きく揺れる。

「ね、藍沢さん」

 大塚さんが私を見る。
 周囲の視線が私に注がれるのも感じた。
 見られていると思うと緊張する。

「あ、あの……ふ、ふ、不安で」

 わっ、かんだ。恥ずかしい。