「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

「大丈夫だよ」

 先生が私にだけわかる声で言った。その一言でほっとする。

「皆さん、静粛に! 先生があとで席をまわるので、その時に聞いてみて下さい。では、先生、乾杯をお願いします」

 赤井さんに言われ、ビールジョッキを持った先生が立ち上がる。

「えーと、皆さん、初心者講座も来週で終わりです。三ヶ月間、ありがとうございました。皆さんが提出してくれた課題のシナリオ、毎回、読むのが楽しみでした。最後の課題も力作ぞろいで、僕の方が勉強させてもらっています。では、皆さん、グラスをお持ち下さい」

 先生に言われ、みんなグラスを持つ。

「それでは、乾杯!」

 乾杯の声がお座敷中から響いた。

「先生、ありがとうございました」

 赤井さんがそう言うと、みんなで先生に拍手をした。
 先生が照れくさそうな表情を浮かべ、席に座る。
 コース料理も運ばれて来て、飲み会が始まった。

「それで、どうして藍沢さんにお花を贈ったんですか?」

 向かいの席の女性たちが先生に質問する。
 先生が困ったように後頭部をかきながら、私を見る。

「藍沢さんのことが心配だったから、元気づけようと思いまして」
「藍沢さんと先生って付き合ってるんですか?」

 女性がさらに聞いてくる。顔中が熱くなって、先生の顔が見られない。

「いや、それはプライベートな質問なので。違う話題にしましょう」

 先生がそう言うと、向かいの席の男性が質問した。

「先生は脚本家の仕事がないからシナリオ講師をしてるんですか? 脚本家は引退したんですか?」

 無遠慮な質問に頭に来た。

「ちょっと、その質問は無礼では?」
「大丈夫だよ。藍沢さん」

 先生が言う。