「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

 風邪もすっかり治った土曜日。ストライプ柄の水色のワンピースを着た私は大塚さんと一緒に一瀬に行った。

 赤井さんが予約してくれたお店は一瀬だった。予約客であることを伝えると、二階の広いお座敷に案内してもらった。
 今夜の飲み会は四十名が参加していた。

 一列十名の席が作られていて、先生の姿はまだなかった。

「藍沢さんと大塚さんの席はこっちね」

 どこに座ろうか迷っていたら、赤井さんが私たちを奥の席に連れて行く。
 まさか席まで決まっているとは思わなかった。

 最後にお座敷に入って来たのは先生で、先生も赤井さんから指示を受け、こっちに来た。どこに座るのか見ていたら、なんと私の隣に座った。

「なんで先生、そこなのよ!」という女性たちの声がする。
「先生には十五分に一度移動してもらうから。だから、端っこからスタートしてもらおうと思ってあの席にしました」

 赤井さんが女性たちに説明すると納得したようだった。
 先生が私の隣にいるのは十五分だけなのか。

「藍沢さん、風邪はもう大丈夫?」

 先生が私にだけこっそりと話し掛ける。
 今夜はワイシャツとスラックス姿で、眼鏡もかけていた。

「はい。次の日には熱が下がって」

 大塚さんに先ほどした説明を先生にもした。

「良かった」
「あの、お花ありがとうございます」

 小声で話したつもりだったけど、大塚さんに聞えたらしい。

「藍沢さん、先生にお花もらったの?」
「うん。アレンジメントのお花をお見舞いに頂いて」

 隠すことでもないので、正直に話したら向いの席に座っていた女性が「先生からお見舞いでお花もらったの?」と大きな声で言った。
 
 その発言が隣の列の女性陣にも届き、「うそ! なんで先生からもらっているのよ!」という抗議の声になり、飲み会に参加している人たちが全員、その話を知ることになった。

 余計なことを言ってしまった気まずさでいっぱいになる。