「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

「イケメンね」

 隣に座る大塚さんがぼそっと呟いた。
 確かに彼はカッコいい。堂々と立つ姿が絵になる。

 ようやく会えたのに、どうしようという気持ちばかりが膨れていく。会いたかったけど、彼が私を覚えているとは限らない。もう半年も経っているし、彼に名前も言わなかったから、きっと忘れている。そう思ったら何だか気まずくなって、彼の顔を見られなくなった。

 私は俯いたままずっと彼の声を聞いていた。安心感のあるとてもいい声だ。気づくと彼の話に引き込まれていた。彼は話上手だ。ずっと講師をしているのだろうか。彼のプロフィールについては語られなかった。シナリオの書き方よりも彼のことを知りたい。

「それでは今日の講義は終わりです。もし興味を持っていただけたら本科の方に申し込んでいただけるとありがたいです。ちなみに僕は初心者の講座を持っております。この後も少し教室に残っておりますので、質問などありましたらどうぞ聞いて下さい。では、ありがとうございました」

 彼が礼儀正しくお辞儀をして、一時間半の体験講座が終わった。
 そこでやっと顔を上げられた。何となく彼の方に視線を向けると、バッチリと彼と視線が合い、心臓が飛び跳ねる。
 頬に熱が集まるのを感じながら、慌てて視線を逸らした。

 なぜか彼の顔をまともに見られない。