「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

　今日の仕事は午後三時に終わり、家に帰って来たのは四時頃だった。仕事着からＴシャツとジーパンに着替え、先生にお借りした洗濯済みの服と、仕事帰りに買ったクッキーの詰め合わせを持って、先生のお宅に向かった。

　土曜日なので、おそらく先生は授業で留守だ。なので、お借りした着替えなどを入れた紙袋はドアノブにでもかけておこうと思った。

　三十分歩いて先生の家まで行くと、門の中に私の自転車は置いてあった。きっと先生が動かしてくれたのだろう。

　そっと門を開けて、玄関のドアノブに紙袋をかける。先生に会いたかったけど、待ち伏せなんかしたら迷惑になると思い、自転車の所に行く。鍵はやっぱり入れっぱなしになっていた。来る前に探して見当たらなかったから、一応、スペアキーを持って来た。門の中に自転車を入れてくれたのは、誰かに乗っていかれないように先生が気を配ってくれたんだ。

　自転車を動かそうとした時、駐車場に車が停まる。黒のＳＵVだ。
　運転席から出て来たワイシャツ姿の先生を見て、心臓が飛び跳ねる。