「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

「すぐ戻って来るから、ここにいて」

 そう言って先生が私の頭を優しく撫でる。
 小さな子ども扱いをされた気がしたけど、暗いのが怖くて一緒に行きたいと言ったのだから仕方ない。

「いい子で待ってます」

 茶化して言うと、クスッと先生が笑い、一階に降りて行く。
 遠ざかる先生の足音を聞きながら、今、先生に好きだと胸を張って言えない自分が情けなくなった。
 胸が張れないのは、コンペに向けてシナリオを書き出した先生と違って、私は同じ場所で立ち止まったままでいるからだ。私も歩き出したい。少しでも先生に追いつきたい。胸を張って先生に好きだと言える自分になりたい。

 でも、できるだろうか?
 急に部屋が明るくなり、下から階段を上ってくる先生の足音がした。

「藍沢さん、ブレーカーが落ちただけだった」

 先生の顔を見た瞬間、強い決意が私の中で生まれる。

「先生、私、デザインの仕事をもう一度始めます」

 すぐに口にしなければ、勇気が逃げてしまう気がして、宣言した。