「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

 風呂から出て来た彼女から話を聞くと、父親に言われた言葉に傷ついて俺の所に来たようだった。
 彼女の話を聞けば聞くほど、俺に似てると思った。俺も脚本家になるまでは、親の期待に応えようと、いい子でいようとした。しかし、それは自分を苦しめるだけだった。そのことを藍沢さんに伝えたくて、俺は話した。

「楽しいってことは、やりたいことを藍沢さんはしているんだよ。ちゃんと自分の気持ちがわかっているじゃないか。楽しいことがわかっている藍沢さんは大丈夫だよ。逃げていないよ」

 俺の言葉を聞いた彼女は声を上げて泣き出した。その姿が痛々しくて、全力で藍沢さんのことを守りたいと思った。

「藍沢さん、一緒に暮らさない?」

 泣いていた彼女が驚いたように俺を見る。

「実家が嫌だったら、ここで暮らそう。部屋は空いてるし」

 藍沢さんが頭を左右に振る。

「それはできません」
「俺は全然迷惑じゃないよ」
「私、好きな人がいるんです。だから先生とは暮らせません」

 窓の外がピカッと光り、激しい音を立てて落雷が落ちた。
 俺の心にも落ちたようだった。