「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

「十話構成の連ドラか」
「裏情報によると、予定していた脚本家がダメになって、それでコンペにしたらしいよ。これって凄いチャンスじゃない? ドラマがヒットしたらシリーズ化もあるんだよ! しかも世界中の視聴者が観るんだよ」

 響子がわくわくとした表情を浮かべる。

「締め切りは七月か」

 今は五月だ。シナリオ講師の仕事をしながら二ヶ月で脚本を書くのはキツイ気がするが、俺も響子と同様でわくわくしていた。またドラマが作れると思ったら心が躍る。つくづくこの仕事が好きなんだと思う。それに、もう一度脚本家に戻れたら、藍沢さんに正々堂々と好きだと言える気がした。

「わかった。やる」

 響子が飛び上がる。抱き着いてきそうな勢いだったので、避けた。

「なんで避けるのよ」
「響子は結婚しているだろ」

 響子がぶすっとした顔をする。

「それに、好きな子がいるんだ」

 ニヤッと響子が嬉しそうな笑みを浮かべる。

「恋する乙女ならぬ、恋する男子は強いわね。期待してるわよ」

 恋する男子という言葉に笑みが浮かぶ。藍沢さんも同じことを言っていた。