「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

「藍沢さんが来るってわかっていたら、酒買っとけば良かったな」

 そう言って先生がため息をつく。

「スーパーで買わなかったんですか?」
「藍沢さんからもらった資金は次の機会にとっておこうと思って、買わなかった。今夜は絶対に宅飲みは無理だと思ったからさ」

 次の機会を考えてくれたのが嬉しくて、頬が緩む。

「先生、今夜はバタバタですみませんでした。まさか父と母に遭遇するとは思わなくて」

 先生が眉を上げる。

「もしかして、藍沢さんが慌てて一瀬から出たのはお父さんが来たから?」
「はい」

 先生が苦笑を浮かべる。

「俺、今夜、藍沢さんのご両親と遭遇していたんだ」
「そういうことになりますね」

 父のことを思い出して、悔しさに胸が締め付けられる。

「藍沢さん?」

 俯いた私に先生が声をかけた。

「あ、すみません。ココア美味しいですね」

 残りのココアをゴクッと飲んだ。

「俺で良かったら聞くよ」

 先生の言葉に涙ぐみそうになる。

「何があったの?」

 優しい声で聞かれて、我慢していた気持ちが込み上げてくる。

「先生……」

 涙声になっていた。

「私、逃げてばかりの自分が嫌です」

 そう切り出し、父に言われたことを先生に話した。話しながら、父の言葉にこんなに腹を立てているのは、父が言っていることが正しいと思っているからだと気づく。