「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

「ごめん。水飲む?」
「いえ、大丈夫です。私、猫舌なんで」

 フーフーして、冷めたココアを飲むと先生が笑った。

「なんか猫舌って藍沢さんに合ってる。やっぱり藍沢さんは猫だ」

 隣に座って、頬杖をついた先生が楽しそうに笑う。

「猫じゃないですってば。私、あんなに可愛いくないです」
「小っちゃくて可愛いよ」

 先生が私の頭を撫でる。

「先生が大きいんです! 絶対百八十センチ以上ありますよね?」

 可愛いと言われたのが照れくさくて声が大きくなった。

「八十五だけど」
「二十五センチも違うんだ」
「藍沢さん、百六十あったんだ。もう少し小さいかと思ってた」
「百六十ありますよ! 今年の健康診断でちゃんと測ったんですから」

 どうでもいい話をしながら、ほっとしている自分に気づく。実家を飛び出した時は世界中で私一人みたいな気持ちだったのに。

「そういえば赤井さんは?」

 さっきから姿が見えない。