「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

「はい」
「俺の着替えで悪いけど、置いとくから。良かったら使って」
 
 先生はドアの前に着替えを置いてくれたようだった。

「二階で待ってるから」
「はい。ありがとうございます」

 先生の気配がなくなった後で、そろりとドアを開け、床に置かれた黒いTシャツと紺色のスエット生地のズボンを手にとる。新品のようだった。先生の気づかいを感じる。

 袖を通すと、ぶかぶかだ。Tシャツは半袖だったから、袖を折らずに済んだが、ズボンの裾は何回か折った。しかし、ウエストはそれほどゆるくない。先生って細いんだなと思いながら、階段を上っていく。

 先生は奥の対面式キッチンに立っていた。そして何やら甘い匂いがする。

「ココア飲む? 今作ったんだ」

 コンロの前にいる先生に聞かれた。

「あ、はい」

 先生が片手鍋に入っているココアを白いマグカップと、水色のマグカップに注ぐ。

「どうぞ」

 白いマグカップの方を差し出される。

「いただきます」

 私はキッチン前のカウンターの椅子に腰を下ろしてココアをいただく。

「あつッ!」

 思ったよりも熱かった。