「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

 門の外に停めてあった自転車に乗ろうとして、ガシャンと自転車が倒れる。
 早く自転車に乗らなきゃ。早く。

「藍沢さん!」

 先生が私の前まで走って来た。
 服は今日着ていたTシャツ。バスローブ姿じゃないことにほっとしたけど、赤井さんが家にいた。そういうことがあっても不思議じゃない。そう思ったらやっぱり苦しい。

「どうしたの?」
「ごめんなさい。なんでもないんです。失礼します」

 自転車に乗ろうとしたら、強く腕を掴まれる。

「死にそうな顔してどこに行くんだ。帰さないから」

 そう言って先生が私の腕を掴んで、家の方へとずんずん進む。

「響子、タオル持って来て」

 玄関で先生が叫んだ。
 バスローブ姿の響子さんが出て来て、タオルを持って来てくれた。先生が響子さんから受け取ったタオルで私の頭を拭く。

「全く。雨の中、傘もささずに。そういうバカなことをするのは響子だけだと思ったが、藍沢さんもか」
 優しい指使いで私の頭を拭きながら先生が言った。
 それを聞いて、赤井さんも雨に濡れたのだと思った。

「しょうがないじゃない。歩いていたら急に降って来たんだから。タクシーは捕まらないし、傘は売ってないしで、やっとの思いで春希の家に来たのよ。春希が駅まで車で迎えに来てくれれば良かったのよ」
「酒を飲んでいるから車は出せないと言っただろう」

 赤井さんに答えると、先生が私を見た。

「藍沢さん、風呂入っておいで」
「そうよ。お風呂入った方がいいわよ。私も今、借りた所よ」

 赤井さんがバスローブ姿だったのは、雨に濡れて、お風呂を借りたからだったんだ。ほっとした。

「……良かった」

 安堵のあまり心の声が出た。

「良かったって何が?」

 赤井さんに聞かれる。