「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

「私は高坂さん、大嫌いだから! あの人が私に何をしたか知らないからそんなことが言えるのよ!」
「高坂さんはお前を鍛えるつもりで厳しくしたと言ってたぞ。それに耐えられなかった美桜が弱かったんじゃないのか?」

 心の傷を思い切り突かれて、悔し涙が浮かぶ。

「お父さんに何がわかるのよ! 私は精いっぱいやった! 何も知らないくせに」

 父を振り払い、バタバタと階段を駆け下りる。

「美桜」

 後ろから母の声がしたが、無視して玄関ドアを閉め、雨の中を飛び込んだ。
 夕方、一旦止んだ雨は、一時間前から降り始め、雨足が強くなっていた。それでも、怒りの感情に任せて自転車に乗り、住宅街を走る。傘を持ってくる余裕がなかったからずぶ濡れだ。

 悔しくて胸が張り裂けそうになりながら、自転車をこいだ。
 誰も私をわかってくれない。この世界に私の味方はいない。そんないじけた気持ちがどんどん膨らんでいく。

 雨に濡れながら、涙が溢れる。
 先生、助けて……。
 心の中で先生に助けを求めながら、自転車をこいだ。そして、気づくと先生の家の前に来ていた。
 迷惑になると思いながらも、私が逃げ込める場所は先生しかいない。
 インターホンを押すと、すぐに玄関ドア開く。

「藍沢さん、どうしたの?」

 出て来たのは、バスローブ姿の赤井さん。

 なんで赤井さんが……。
 驚いて赤井さんを見ていると、赤井さんが気まずそうに笑う。

「こんな姿でいたこと誰にも言わないでね。私、結婚しているし」

 それってつまり、人に言えないようなことをしていたってこと?

「響子、誰か来たのか?」

 奥から先生の声がした。
 バスローブ姿の先生が出てくる気がして、私は慌てて逃げ出した。