「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

 昼どきを少し過ぎていたので、店内はそれほど混雑していない。
 窓際の席に大塚さんと腰を下ろした。

「春だね」

 そう言いながら大塚さんが窓の外を見る。ファミレス前の歩道は桜並木になっていて、満開の桜が咲いていた。

 去年の春を思い出して鈍く胸が痛む。高坂さんから指導を受けるようになったのは、丁度一年前の今頃だった。
 今思うと、高坂さんの要求は厳し過ぎたし、明らかに私は他の人より仕事量が多かった。
 最後の方は奴隷のように働かされていた。何が楽しくて生きているかわからなくなる程だった。

 今も高坂さんの下で働いていたらと思うとぞっとする。だけど、このままでいいのかという漠然とした不安がある。お助けサービスの仕事は楽しいけど、本当にやりたいこととは少し違う気がする。

「ねえ、藍沢さん、一緒に行かない?」

 大塚さんが目をキラキラとさせて、テーブルの上にチラシを置いた。

「『シナリオ教室の体験講座』ですか?」

 チラシの文字を読むと大塚さんが笑顔で頷いた。

「今日あるのよ。ここのカルチャースクールが入っているショッピングセンターって藍沢さんの家の近くなんでしょ?」

 前に大塚さんにショッピングセンターのことを話していた。

「自転車で五分です」
「やっぱり近い。じゃあ、参加決まりね」
「えっ、決まりって」

 少々強引な大塚さんの発言に驚いた。

「藍沢さん、今夜予定あるの?」

 誕生日なのに何もない。ネットカフェで時間を潰そうかと思っていたくらいだ。