六月に入り、今日、関東地方の梅雨入りが宣言された。その為か朝から雨が降っている。
 先生とは最後に海浜公園で会って以来、偶然会うことはなく、シナリオ講座で週に一度顔を合わせるだけだった。前はよく図書館や、コインランドリーでも遭遇していたのに。

 何だか先生に避けられている気がするのは、気のせいだろうか?

 私は後ろから三列目の席でシナリオの講義を聞いていた。教壇の前に立つワイシャツ、スラックス姿の先生は眼鏡をかけていて、何だか私が知っている先生とは違う人のように感じる。

 前は授業中に視線が合うこともよく合ったのに、最近は全く合わない。

「では、最後の課題を出します。締め切りは二週間後です。最後の授業の時に原稿はお返しします。テーマは」

 そう言って先生がホワイトボードに向かう。

【はじまり】

 ホワイトボードに大きく書くと、先生はくるりと教室の方を向く。

「物語の『はじまり』の部分を書いて下さい。どんな話でもいいです。恋愛でも、サスペンスでも、青春ストーリーでも、ぞっするようなホラーでも。ジャンルは自由とします。とにかく最高に面白い『はじまり』を書いて下さい。文字数は四千字から八千字でお願いします。今までで一番多い文字数ですが、頑張って下さい」

 教室中からため息がこぼれる。文字数も多いが、今までで一番難しい課題だ。先生は一番難しいのは物語の最初の部分を書くことだと教えてくれた。だから、『はじまり』という言葉を聞いて、空気が重くなるのもわかる。

 私も今は何を書いたらいいのか全くわからない。

「今日はここで終わりますが、少し教室に残っているので、執筆のことで相談があれば質問に来て下さい。個人的な質問はなしですよ」

 先生の言葉に受講生たちからクスッという笑いが零れる。