「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

「俺も、自分の好きがわからなくなった」

 先生が苦しそうな顔をする。

「売れるものを求められ、自分の好きよりもそっちを優先していたら、いつの間にかわからなくなったんだ。それで、書けなくなった」
「だからシナリオ講師をしているんですか?」
「そう。誰かにシナリオの書き方を教えていれば、自分の書きたいものが見つかるかもしれないと思ったんだ」
「見つかったんですか?」

 先生が私の顔を見つめる。

「うーん、どうだろう。書けたり、書けなかったりで」
「それって、書いてるってことですよね?」
「まあね。ほんの遊びでだけど」
「遊びでもなんでもいい。一文字でも書くことが大事だって、先生、シナリオ講座で話しているじゃないですか。そこから物語が広がっていくって」

 先生がハッとしたような顔をする。

「俺、人にはいいこと言ってたんだな」

 先生が茶化すように笑う。
 何だか先生が無理しているように見える。

「先生、赤井響子さんが先生にドラマのシナリオを書いて欲しいって言ってました」

 先生の目が大きく見開かれる。