「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

「よく会うね」

 そう言って先生が私の隣に腰を下ろす。

「本当、図書館では二回会ったし、コインランドリーでも会いました」
「なんか俺が行く先にいつも藍沢さんがいるんだよな」
「そう言えばそうですね。いつも私が先にいます」
「俺、藍沢さんを尾行とかしてないからね。本当に偶々だから」

 慌てたように言う先生が可笑しい。

「わかってますよ。昔、何かの本で読んだことがあるんですが、よく会う人とは何かで共鳴しているらしいですよ」
「じゃあ、俺と藍沢さんは共鳴しているから、遭遇するのか」
「もしかしてと思うことがあるんですけど、先生、何かに強く未練があったりしませんか?」
「え……」

 こちらを見た先生が真顔になる。
 その顔はいつもの穏やかな先生の顔とは違う。

「あの、私、気に障ることを言いましたか?」
「いや」と言って、先生が瞳を細め、正面の海を眺める。
「……未練か」

 先生が呟いた。

「藍沢さんはあるの?」

 先生の顔がこちらを向く。
 もう自分の気持ちに嘘はつけない。私は……。

「デザインの仕事に未練があります。実は私、グラフィックデザインの仕事をしていたんです。すごく好きな仕事だったんですが、だんだん、自分の好きなものがわからなくなって、苦しくなってしまったんです。それで、辞めちゃいました」

 半年前、先生に会った時も同じ話をしたけど、先生は覚えていなさそうだった。

「そっか。藍沢さんも俺と同じなのか」

 先生が小さく息を吐く。