「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。

「失礼なおばさんだな」

 またご主人が暴言を吐く。
 いくらお客様でも許せない。

「お客様、こちらのカード、奥様にお渡ししますね」

 それは女性の名前が書かれたメッセージカードだった。内容は【うっちー、同伴ありがとう。またお店に遊びに来てね】と書いてあった。おそらくキャバクラとかのホステスさんからではないだろうか。先ほど、本を片付けた時にこっそりと書棚の奥に隠すように置いてあったのを見つけたのだ。

 カードを見てご主人が目を丸くした。

「あなた。ここにいたの?」

 奥さんの声がした。
 ご主人が慌てたように私の手からカードを奪い、廊下に立つ奥さんの方を見た。

「こっち手伝って」
「わかった。なんでも言ってくれ」

 そう言ってご主人が書斎から立ち去る。その瞬間、大塚さんと目を合わせて、同時にぷっと噴き出した。

「コロッと態度変わったわよ。あのご主人、きっと奥様の尻に敷かれているのね」

 大塚さんが言った。

「藍沢さん、大丈夫?」

 心配そうな表情を大塚さんが浮かべる。

「はい。大丈夫です。今のでスッキリしました」
「頑張ろうね」

 大塚さんが私の肩を軽く叩き、自分の持ち場へと戻っていく。