空気を読む。それは、日本人ならば誰もが知っている言葉である。

相手の足音や息遣いなどで喜怒哀楽を読み取り、相手の望むものを察する能力だ。日本人はその空気を読む能力に優れている。しかし、日本以外の国の人からすればこう思うのだ。

「空気を読むって何?空気は吸うものでしょ」と。

ロメオ・ヴァルガス。日本に在住して七年のイタリア人の彼は、その空気を読む力がどれだけあるか試されている。

「うっ……グスッ……ううっ……」

ロメオの目の前のソファでは、小柄な女性が目を真っ赤に腫らして泣いている。彼女の名前は朝比奈早梅(あさひなはやめ)。ロメオと一つ屋根の下で暮らす恋人だ。付き合って三年になる。

「……おかえり、ロメオ。ごめん、何にも家事できてなくて……」

鼻を啜りながら早梅は顔を上げた。彼女の言う通り、洗濯物はベランダに干されたままで、夕食の準備もまだされていない。ロメオは笑みを作って言った。

「大丈夫だよ〜。僕の可愛いgatina(猫ちゃん)。ソファでゆっくりしてて。僕が全部するから」

「ありがとう……」

早梅はまた泣き出してしまった。ロメオはティッシュを彼女の近くに置いた後、洗濯物を取り込んで畳み始める。その心の中では激しい葛藤があった。