孤独な公女~私は死んだことにしてください

「あ……こ、これはポルトス様……!」

馬車で大騒ぎをしていたハンナは、馬車が屋敷に到着していることに気付かなかったのだ。
慌ててサフィニアから離れると、頭を下げた。

「これは一体何の騒ぎだ。ハンナ、お前はサフィニア様に何をしていたのだ!?」

タキシード姿の男性は鋭い声でハンナを叱責する。

「い、いえ。私はただ……馬車が屋敷に到着したので、サフィニア様を下ろそうとしていただけです。そうですよね? サフィニア様?」

ハンナは余程執事長が怖いのか、血走った目でサフィニアに迫る。

(私からぬいぐるみを取ろうとしたのに、この人……嘘をついている……!)

けれど、サフィニアはハンナが怖くて本当のことを言えなかった。

「は、はい……そうです……」

震えながら返事をするとハンナは口元に不敵な笑みを浮かべ、タキシード姿の男性を振り返った。

「ポルトス様、今のサフィニア様の言葉、お聞きになりましたよね? 私はサフィニア様を馬車から降ろそうとしただけ……」

「嘘をつくな!」

ハンナが最後まで言い終わらぬうちに、ポルトスは声を荒げた。

「う、嘘だなんて……」

余程ポルトスが怖いのか、ハンナの顔が青ざめる。

「お前は私が何も見ていないと思って、平気で嘘をつくのか!? ハンナよ、お前はサフィニア様からぬいぐるみを奪おうとしていただろう!」

(え!? このお爺さん……見ていたの?)

サフィニアは驚いて、ポルトスを見上げる。

「う、嘘をついたことはお詫びいたします……申し訳ございません……。た、ただ私はサフィニア様のお持ちになっているぬいぐるみがあまりに汚れていたので、洗濯を……」

「ハンナ! お前は一度ならず、二度までも嘘をつくのか! ぬいぐるみを焼却炉で燃やそうとしていたではないか!」

「あ……」

ハンナは観念したのか、がっくり項垂れた。その姿を見ていたポルトスは冷たく言い放った。

「馬車から降りるのだ、ハンナ」

「……はい……」

のろのろと馬車から降りるハンナ。

「嘘をついた罰として、お前に鞭打ち10回。さらにメイド長から下級メイドに降格させる」

「そ、そんな! いくら何でも罰が重すぎます! だってあの子供は、下級メイドの子供ですよ!?」

ついにハンナはサフィニアを指さして、訴えた。

「黙るのだ! その考えを改めないのなら鞭打ちを20回に増やし、クビにすることにしよう」

その言葉に震えあがるハンナ。

「お、お許しください! ポルトス様!」

しかし、ポルトスは首返事をせずに背後を振り返った。彼の背後には2人のフットマンが控えている。

「この女を連れて行き、罰を与えて追い出すのだ」

「「はい」」

2人は顔色を変えずに返事をすると、両側からハンナの腕を掴んだ。

「い、いや! 離して!」

必死にハンナは暴れるも、男たちは彼女を引きずるように屋敷に連れ去って行った。

「助けて! 許してーっ!」

ハンナの暴れる叫び声は遠くなっていき……完全に聞こえなくなった。

「……」

その一部始終を震えながら見つめているサフィニア。少女にとって、ここにいる人々は全員怖い存在だった。

馬車の中で震えていると、ポルトスが声をかけてきた。

「サフィニア様、どうぞ馬車から降りて来て下さい」

「は、はい……」

震えながら馬車から降りると、ポルトスが会釈した。
「ようこそおいで下さいました、サフィニア様。私はこちらのエストマン公爵邸に勤める筆頭執事のポルトスと申します。これからどうぞよろしくお願いいたします」

「こ、こんにちは……」

震えながら、サフィニアは返事をする。

「では、お屋敷に案内させていただきますね?」

ポルトスはサフィニアに笑顔を向けた――