ある日、母が珍しく部屋に入ってきた。
私の手元をーー
開きっぱなしの参考書をちらりと見ると、
少しだけ安心したような顔で口を開いた。
「 理子、今……何を目指してるの?」
私は一瞬答えに詰まった。
「 国立大学 」とか「 将来 」とか、
そんな話を期待されてるのだと分かった。
国立大学に進学して、
きちんとした企業に就職する
ーーそれは、理子の目標でもあった。
けれど、ほとんど無意識に飛び出したのは
今までと、まるで違う答えだった。
「 ……誰にも負けたくない 」
母は驚いたように瞬きをして、
それからゆっくりと頷いた。
「 負けないって、大事ね 」
「 うん。でも、もう……
どこで勝てばいいのか、わからない 」
母はそれ以上は聞いてこなかった。
だけど、去り際に、
机の隅にそっと置かれた温かい紅茶と、
「 ちゃんと眠ることも、強さよ 」
という声が、少しだけ胸に刺さった。
ーー父親の話を、母はほとんどしない。
理子も聞かない。そもそも、家にいない。
出張、会食、深夜帰宅――
そんな言葉を鎧にしている父に、
理子が何かを期待することはもうない。
昔は、100点を見せたら褒めてくれた。
今では、成績すら聞いてこない。
( ……きっと私が、
学校に行っていないのも、知らないんだろうな )
だけど、それが悔しいとも、
寂しいとも思えなくなっている自分に、
理子はふと気づいた。
――私はもう、
期待することを、やめていいのかもしれない。
私の手元をーー
開きっぱなしの参考書をちらりと見ると、
少しだけ安心したような顔で口を開いた。
「 理子、今……何を目指してるの?」
私は一瞬答えに詰まった。
「 国立大学 」とか「 将来 」とか、
そんな話を期待されてるのだと分かった。
国立大学に進学して、
きちんとした企業に就職する
ーーそれは、理子の目標でもあった。
けれど、ほとんど無意識に飛び出したのは
今までと、まるで違う答えだった。
「 ……誰にも負けたくない 」
母は驚いたように瞬きをして、
それからゆっくりと頷いた。
「 負けないって、大事ね 」
「 うん。でも、もう……
どこで勝てばいいのか、わからない 」
母はそれ以上は聞いてこなかった。
だけど、去り際に、
机の隅にそっと置かれた温かい紅茶と、
「 ちゃんと眠ることも、強さよ 」
という声が、少しだけ胸に刺さった。
ーー父親の話を、母はほとんどしない。
理子も聞かない。そもそも、家にいない。
出張、会食、深夜帰宅――
そんな言葉を鎧にしている父に、
理子が何かを期待することはもうない。
昔は、100点を見せたら褒めてくれた。
今では、成績すら聞いてこない。
( ……きっと私が、
学校に行っていないのも、知らないんだろうな )
だけど、それが悔しいとも、
寂しいとも思えなくなっている自分に、
理子はふと気づいた。
――私はもう、
期待することを、やめていいのかもしれない。

