大国に嫁いだ小国の姫は国家機密を知り影武者と取引する【完結】

「疲れた…」

影はドサリとベッドに身を投げだした。
いつもの顔合わせを終え、自室に戻ってきたのだ。

今夜は休みの日。
渡された本も既に全部読破していたので、今日は何もせず寝てしまおう。
そう思っているのに、睡魔はなかなか訪れてくれない。
疲労困憊のはずなのに。

（ミトに会うのは２日後か…）

長いな、と感じた。
本当は、今すぐにでも文句を言いに行きたいくらいだ。

（自分から取引を提案しておいて、自分で墓穴掘りやがって。迂闊にも程がある…）

余計な気を回したお陰で、普段は絶対しないミスを犯してしまったではないか。
セルファは穏やかな口調で話してはいたが、明らかに気分を害していた。
セルファを完全にコピーできる影は、セルファがどんなに自分の感情を隠そうとしても気付いてしまうのだ。
もともとセルファが自分に良い印象を持っていないことはわかっていた。
だからこそ、淡々とお互い義務を果たすためだけの関係を保っていたいのだ。

（それを、ミトのせいで）

ミトと出会い、影は自分の変化に戸惑っていた。
ミトが自分の存在に気付いたせいで、無意識に押し殺していた自分の感情が、外へ出たいと訴えている。

思えば、自分の人格で誰かと会話することなどなかった。
いつからか、心の中での呟きをあえて乱暴な言葉でするようになったが、それを声に出すことはなかった。
それなのに…。

（考えるな）

影は無理矢理思考を停止させた。
自分はセルファの影。
それ以上でも、それ以下でもない。

ミトはセルファの側室。
ならば、自分の正体を知っていたとしても、セルファとして接すればいい。
10ヶ月間夜の交わりをしない取引があっても、あえて自分の言葉でミトと会話する必要などないのだ。
セルファのままで、周囲に気付かれないようにアリバイだけ作って、それでおしまいだ。
次回からはそうしよう。それが正解だ。
影は自分に言い聞かせた。