大国に嫁いだ小国の姫は国家機密を知り影武者と取引する【完結】

(くそっ!ミトのせいで)

今までは何も考えず、ただ淡々と自分に課せられた役目をこなしていた。
感情を遮断する術など、物心つく前から会得していたはずだ。

「わかっているのならいいんだ。さあ、続きを話そう。顔を上げなさい」

影は一瞬で心の乱れを整え、いつもの冷静な表情で顔を上げた。

(気に食わない)

セルファは自分と瓜二つの影を見てそう思った。
何の感情もない、表情のない自分の顔。それが影だ。
毎日こうして顔を合わせるが、影の表情が動いたところを見たことがない。
初めて出会った時からずっとそうだった。

セルファと影は、お互いの存在を知らされたうえで別々に育てられた。
初めて対面したのは7歳の頃だ。
セルファは影と出会うまでは、子どもながらに完全に姿を隠して生活してきた影を哀れに思っていた。
しかし、目の前に現れた影は、自分の境遇を不憫に感じるような感性を持ち合わせていないようだった。
と言うよりも、感情そのものが欠落しているように思えた。

食べ物も運動量も睡眠も、全てセルファに合わせて育てられ、鏡を見ているかのようにそっくりなのに、まるで自分の抜け殻のように表情を見せない影。
それが不気味で、子どもの頃のセルファは影と目を合わせるのが恐かった。
同じ両親から生まれた双子の弟なのに、血族としての親密な気持ちを抱いたことは一度もない。

影が自分を演じているとき、自分はそこにいない。
だから、影が話し方も立ち振る舞いも自分を完全に模倣できるという知識はあっても、目にしたことはない。
それもまた、影をより一層不気味な存在に思わせた。