大国に嫁いだ小国の姫は国家機密を知り影武者と取引する【完結】

（自分の人格？）

影は自らの考えが滑稽に思えて、冷めた気持ちで笑った。
そもそも、自分には名前すらない。
いや、もしかしたらあるのかもしれない。だけど、気がついたときにはもう、名前で呼ばれることはなくなっていた。
自分の名前があると、セルファになりきれないという懸念があったからかもしれない。

「そんなことは、どうでもいいか…」

影は吐き捨てた。
これ以上深く思考すると、面白くない答えに辿り着いてしまいそうだった。
そこで思考を停止させる。

自分に意志や思考は必要ない。
淡々と求められた役割を果たせば良い。
ただ、それだけだ。

影はじっとミトの顔を見つめた。

「どうせ、悪あがきしたって無駄なんだよ」

そう呟き、影はそっと部屋を出て行った。
ミトの部屋を出ると、待っていたセイラムが立ち上がった。
セイラムは世話役であり、強力な護衛あり、そして監視役でもある。
影がセルファとして行動するときは、よほどのことがない限り常に側にいる。
そして、影がきちんと役目を果たしているかを確認し、またセルファとして行動した時間のつじつま合わせを調整するのだ。

２人は王宮にあるセルファの寝室へ戻った。
セルファとして夜出歩くときは、必ずセルファの寝室から出て、そしてここへ戻る。
部屋にはセルファが待ち構えていた。影はミトとの夜について報告しなければならない。

（さて…どう伝えるかな…）

影はほんの僅かな時間迷った。今後もミトとの夜を報告する必要がある。
事実とは違う内容をでっちあげなければならないが、話を複雑にすると矛盾するリスクが上がるだろう。
結局、ミトの設定を「夜は奥手で受け身」とした。一方的に奉仕した設定の方が、今後の報告も楽である。
セルファはもともとミトに関心が薄いようで、とくに深く突っ込まれることもなく、報告は淡々と終了。
影はセルファの寝室にある隠し通路から自分の部屋へ戻った。