大国に嫁いだ小国の姫は国家機密を知り影武者と取引する【完結】

影は目を覚ました。
隣では、ミトがすやすやと眠っている。
正確には隣ではなく、広いベッドの端っこに丸まって寝ていた。
自分からできる限り離れて眠りたかったのだろう。

(強情で自我の強い姫だ)

影は起こさないようにそっとベッドから降りると、ミトの寝顔を観察した。
自分の正体を見破られたのは、生まれて初めての出来事だった。
両親にも、セルファを心から愛しているユフィーリオにも、セルファとして接してそれを疑われたことすらなかった。
だから、ミトに「誰?」と問われたとき、驚き、動揺し、判断を間違ったのだと思う。
ミトの言う通り、何があっても自分はセルファとして貫くのが正解だったのだ。

だけど、この気持ちをどう説明したらいのか。
ミトに疑われ、拒否されたとき、自分は確実に「嬉しい」と思った。
セルファではない誰か、即ち自分自身の存在を指摘され、それを認めたくなった。
その欲求に自分は負けたのだと思う。

影は常にセルファであることを求められてきた。
当然ながら、接する人は自分を「セルファ」として疑うことなく扱う。
セルファではない時間は、よりセルファそのものになるための時間でしかなかった。
いつでも入れ替われるように、セルファの言動を全て把握しておかなければならなかった。
そのために、護衛に交じってセルファの言動をこの目で確認したり、同行できない場合は後に側近から細かな報告を受けたりが日常だった。
自分という存在は、どこにもないのが、あたりまえだった。

しかし、それに不満はなかった。
王族として生まれれば、誰しも自分の人生を自分で決定できない。
自分は影だが、もしセルファと表裏を交代できたとしても、今度は「ローザン王国第一位王位継承者」としての自分を求められるだけだ。
どう転んでも、自分の考えや人格を求められるわけじゃない。