冬休みに入って二人は新婚旅行に出発した。

 スイスのバーゼルは街全体が雪に覆われ、並木にはクリスマスの飾りがきらめいている。

 旧市街にそびえる大聖堂前の広場にはおもちゃの家のような屋台が並び、狭い通路は白い息を吐きながら行き交う人々の笑顔で満ちあふれていた。

 皆、湯気の立つワインを飲んでいる。

 名物のグリューワインだ。

 早速二人も買ってみた。

 オレンジとシナモンの香りがふわりと鼻をくすぐる甘いホットワインで体が温まる。

「ああ、これか」と、鼻先を赤くした蒼也が微笑む。

「どうかしました?」

「うちのじいさんが留学してたときに飲んでたホットワイン。アンナばあちゃんと二人で飲んでたんだろうなってさ」

「きっと寄り添って、温まったんでしょうね」

「俺たちみたいに?」

 あたたかな屋台の明かりに照らされた雪が舞い降る夜空に大聖堂の鐘が鳴り響く。

 人々が一斉にマグカップを突き上げ、陽気に叫ぶ。

 ――フローエ・ヴァイナハテン。

「何て言ってるんですか?」

「ドイツ語でメリークリスマスだってさ」

 食事を終え、ライン川を渡って新市街のホテルに戻った二人は、明かりをつけずに旧市街の夜景を眺めていた。

 対岸のクリスマスマーケットの灯りがちりばめられた宝石のように川面を照らし、窓辺に積もった雪の反射で部屋が淡い光に包まれる。

「きれいですね」

「ああ、来て良かったな」

 ワインで温まった蒼也の手が翠の頬を包み、澄んだ緑の瞳が真っ直ぐにとらえる。

 ゆっくりと近づく唇、柔らかいキス。

 心臓が跳ねて思わず彼のセーターを掴む。

「ん……蒼也さん、ちょっと、雪、見ててくださいよ」

「雪より翠の方がきれいだ」

「もう、ずるい……」

 蒼也が微笑みとともに、もう一度深くキスしてくる。

 すべてを包み込むような温かくて熱いキスに心がとろけていく。

「キスだけじゃ全然足りないよ」

 ベッドに押し倒された翠は不器用に口をとがらせ、自分からキスを返した。

 重なり合う二人の影がベッドに沈む。

 翠は蒼也の指先が奏でる愛の調べに身を委ね、響き合う未来を胸に刻んだ――雪の夜に鳴り続ける大聖堂の鐘のように、永遠の愛を夢見ながら。

(完)