ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に

 と、その時だった。

 タイヤをきしませながら倉庫の角からSUVが姿を現し、二人に突っ込んできた。

 ボラードのギリギリで急停止し、助手席から飛び出したレイナが須垣に詰め寄る。

「もう、待ってたのに。どうして予定の場所に来てくれないのよ」

 呆然としている須垣の手に紙切れを握らせる。

《まってるわ Leina》

「きったねえ字だな」と、須垣が眉を寄せる。「ミミズもここまでのたくらないだろ」

「悪かったわね。これでも一生懸命書いたのよ」

 運転席から出てきた悠輝が翠に駆け寄る。

「大丈夫だった?」

「ええ、なんとか」

「よかった。失敗したかと思ったよ」

 須垣が悪びれずにつぶやく。

「そろそろ来ると思ってたよ」

「追跡タグを持たせたの」と、レイナが翠を指さす。「私の子猫ちゃんに」

「二つ用意しておいて良かったです」と、翠はブラウスの裾の裏に貼り付けた追跡タグを外した。

 須垣はヒュウと口笛を吹いた。

「負け惜しみじゃないが、最初に追跡タグを見た時点で、あんたが一人じゃないってことには気づいてたし、そういうバックアップもあるだろうとは予想していたよ」

「じゃあ、なぜ、見逃してここまで来たんですか?」

 須垣は悪びれずに肩をすくめた。

「約束しただろ。進化論の話をするって。俺はただ人妻と人生を語り合っただけさ」

 レイナがスマホを取り出す。

「でも、これは予想してなかったんじゃない?」

「ん?」

 四人で囲む画面には、経済ニュースが流れていた。

 御更木蒼也とオコンネル代表の共同記者発表の様子だ。

 ファイナンスニュース速報。

《ミサラギメディカルが特別買い気配。同社は本日八時、世界二位の欧州製薬企業グレンジャーアドバンスドメディカルとの包括的提携を発表。千葉県の下総短期大学跡地に研究所を設立し、新規に副作用を抑えた癌治療向け免疫賦活剤の開発をおこなう契約を正式に締結。すでにステップ1に対するマイルストーン六十二億円を受領した。同社は今週に入って過剰に売り込まれており、踏み上げ相場の様相を呈している》

 関連ニュース。

《オコンネル投資会社がミサラギメディカルの保有割合を拡大。大量保有報告書を提出。現在の水準は割安と分析。より一層の買い増しを検討との報道》

 翠は須垣を真っ直ぐに見つめた。

「蒼也さんは、このために奔走していたんです」

 重大なニュースを目にしても、須垣は平然とした表情で穏やかな笑みを浮かべていた。

「俺はまんまと罠に誘い出されたようだな」

 今度はレイナが肩をすくめた。

「提携の発表を前倒しして株価を反転させるのと同時に、あなたに対策をとらせないようにするのが狙いだったってわけ」