◇
幼稚園の昼休み、翠のスマホに知らない番号から着信があった。
迷惑電話だろうと、一度は無視していたら、画像が送られてきた。
――何これ?
一つの傘に収まった蒼也とレイナがタクシーに乗り込む姿を捉えた写真だ。
また同じ番号から着信がある。
翠は画面をタップした。
「写真が気になるだろ」
名乗っていないのに、直感的に相手が分かった。
「須垣さんですか?」
「勘がいいな」
「どうして私の連絡先を?」
「情報は力だろ」
答えになっていない返事に苛立つ。
「ご用件は?」と、自分でもびっくりするくらい棘のある声が出た。
「あんたの旦那が大変なことになってるのは知ってるか?」
夜遅くまで会議をしていたことは知っているが、詳細は聞かされていない。
返事を躊躇していると、見透かしたような笑い声が追い打ちをかけてくる。
「旦那の会社の株価が大暴落してる」
「そんな」
「旦那の会社を潰さないために、俺が助けてやってもいいぞ」
相手の意図がつかめず黙っていると、須垣の下卑た声が聞こえてきた。
「その代わり、もちろんあんたには俺の言うとおりにしてもらうけどな」
「何をすればいいんですか?」
「決まってんだろ。あんたの旦那への愛を試させてもらう」と、須垣は鼻で笑って続けた。「バレやしないよ。俺だってヤバイってことは分かってるんだ。わざわざ旦那に告げ口するわけないだろ。ちょっとだけ目をつむっていればいいんだ。何もなかったことにすればいい。それですべて円満解決。約束は守るよ。この世はフェアなトレードで成り立っているからな」
「話すことはありません。切ります」
通話を切った途端、別の画像が送られてくる。
ミサラギホテルのカードに蒼也あてのメッセージが書かれた写真。
《蒼也へ 久し振りに愛し合わない? 部屋で待ってる》
流麗な筆記体で《Reina》のサインも記されている。
これは……。
心臓がざわつき、思わず胸を押さえる。
須垣からまた電話がかかってくる。
出ざるを得ないように仕向けて、こちらの反応を楽しんでいるのだ。
翠は動揺を悟られないように努めて冷静に電話に出た。
「無理に落ち着いたふりなんかしなくていいぞ」
「イラつかせて駆け引きを楽しんでいるんでしょうけど、そうはいきませんよ」
取り繕ってみたところでお見通しなのは、こちらも承知の上だが、どちらにしろ向こうのペースにはめられてしまうのが悔しい。
「写真を見ただろ。旦那だって楽しんでるんだ。あんたも一人の男だけじゃつまらないだろ」
「どうしてこんな写真をあなたが持っているんですか?」
「言っただろ、情報は力だって」
黙っていると、須垣が声を抑え気味に語りかけてきた。
「どう受け止めるかは、あんた次第だな」
蒼也の会社がトラブルに巻き込まれているとしても、部外者の翠にできることなど何もないはずだ。
ただ、それが須垣の仕掛けたことだとしたら、ここで断ればまずいことになるのだろうか。
判断できずに無言の時間が過ぎていく。
「迷ってる暇はないぞ。今この瞬間も下落している。いつでも連絡を待ってるよ」
高慢な笑い声とともに電話が切られた。



