ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に


   ◇

 会話のないままマンションに戻ってきた翠は、部屋に入ると引き出しから結婚指輪の箱を取り出した。

「こんなのもういりません」

「何を言うんだ」と、蒼也は翠の手を握って押しとどめる。

「それに、これも……」と、箱を開け、台座の下にしまっておいた宝物を取り出した。

 ミサラギホテルのマークがついたお子様ランチの旗だ。

 翠はそれをくしゃくしゃに握りしめてゴミ箱に投げつけた。

「翠……」

 拾い上げた蒼也が丁寧に広げるが、折れた爪楊枝の旗竿だけは元に戻らない。

「ずっと大切にしていてくれたのか」

「ただのゴミです」

 退屈していた翠を冒険に連れ出してくれたあの日のトム・ソーヤなんて、もうどこにもいないのだ。

 だが、折れた旗を翠に握らせ、蒼也がさびしそうにつぶやく。

「ゴミなんかじゃないさ」

 スーツの内ポケットから財布を取り出した。

「笑われるかと思って、隠してた」

 きれいなままのもう一つの旗が翻っている。

「蒼也さんもそれを……」

「翠だと思ってずっと大事にしてたんだ」

 二本の旗を見つめる二人の心に淡い思い出がよみがえる。

 手を引いて庭に連れ出してくれた蒼也。

 エサに群がる鯉におびえる翠を支えてくれた蒼也。

 チャペルで誓い合ったあの日の私たち。

 今でもちゃんと目の前にいるのに、どうして心が震えてしまうんだろう。

 翠は涙をこぼしながら蒼也の胸に飛び込んだ。

「ごめんなさい」

「いいんだ」と、蒼也が背中を撫でる。「あやまらないでくれ。翠は悪くないんだ。何度もこんな失敗を繰り返す俺がいけないんだから」

 背中から髪へと蒼也の指が絡んでいき、額にキスを落とす。

 頬を撫でた指が翠の顎を上げ、揺れる瞳をじっとのぞき込む。

 絡み合う吐息をふさいで重なる情熱的なキスが翠の不安を溶かし、こわばっていた体を雪解け水がじわりと潤していく。

 ――知りたい。

 まだ知らないあなたを。

 刻みつけてほしい。

 まだ知らない私に。

 翠は自分から蒼也の背中に腕を回し、キスを返した。

「他の誰かに奪われないように、ちゃんと蒼也さんの印をつけてください」