ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に


   ◇

 人気配信者のパフォーマンスに注目が集まっている間に、悠輝は蒼也と二人で話していた。

「蒼ちゃんさ、いつまで翠ちゃんに遠慮してるつもりなの?」

「べつに遠慮なんかしてないぞ」

「だけど、まだしてないんでしょ」

「それは事情があっただけだ」

「あのさ、生理だったら、もう終わってると思うよ。それなのに翠ちゃんから言われてないってことは、何か根本的な問題があるんじゃないの?」

「俺が悪いって言うのか?」と、蒼也が顔を背ける。「俺はつねに翠に対して誠実に生きてきたつもりだ」

「それは僕が一番分かってるよ。でも、僕が分かってたって、何の意味もないだろ。肝心の翠ちゃんには何も伝わってないんだから」

「向こうにだって、心の準備とか、いろいろあるんだろ」

「あんまりそういうことにこだわりすぎると、タイミングを失ってしまうんじゃないの?」

「俺は翠の嫌がることを無理強いするつもりはない」

 頑なな態度に、悠輝はしばし言葉を探しあぐねてグラスをもてあそんでいた。

 ライブは最高の盛り上がりを迎え、ズンズンと低音の振動が体を突き抜けていく。

 悠輝は口に手を当てながら蒼也に顔を寄せた。

「蒼ちゃんはさ、準備できてるの?」

「当たり前だろ。俺は翠を愛してるからな」

「これは持ってる?」と、悠輝は財布から四角い包みを取り出した。

 丸い輪が浮き出たパッケージを見て、蒼也の耳が赤く染まる。

「これだもんな」と、あからさまに冷笑を浮かべる悠輝に蒼也がまくし立てる。

「夫婦なんだから、そんなもの必要ないだろ。子どもができたっていいんだから。むしろ、俺はうれしいし、夫、それに父親としての責任だって取るのは当たり前だと思っているさ」

「あのね、蒼ちゃんだけの問題じゃないだろ。翠ちゃんのことも考えろって言ってんの。翠ちゃんだって、仕事があるんだよ。急に子どもができて、じゃあ辞めますって投げ出せると思うの? 特に幼稚園は一年ごとに担任が決まってるわけだろ。もちろん授かり物だから、そんなに都合良く調整できることじゃないけど、ある程度の配慮は必要だろうさ。蒼ちゃんは勝手に責任なんて言ってるけど、ものすごく無責任だよ」

「あ、ああ……」

 口を真一文字に結んで神妙にうなずく蒼也に、悠輝は穏やかに語り続けた。

「そういう計画も含めてさ、ちゃんと翠ちゃんと話をしておくのが男の責任ってもんだろ。話し合ってるうちにお互いの気持ちも確かめ合えるわけだし、そうしたら自然にできるようになるんじゃないの」

「ま、まあ、そうだな。確かにおまえの言うとおりだ」

「だからさ、ちゃんとそういう準備だってしておけってことだよ」

 悠輝が蒼也に避妊具を差し出す。

「自分で買うよ」と、蒼也は手を引っ込めた。

「いいから、これを持ってなよ」と、悠輝がニヤリと笑う。「いつ火がつくか分からないんだからさ」

「おまえな……男のたしなみって言うなら、ちゃんと自分で用意するって」

「蒼ちゃんって、そういうところは見栄っ張りだよね」

 演奏が終わって会場が拍手に包まれる。

 二人の周囲に散り始めた観客が流れてきて、人とぶつかりそうになる。

「おっと、失礼」

 体をひねってスペースを空けた瞬間を狙って、悠輝は蒼也のスーツのポケットにそっと避妊具を入れておいた。

 ――まったく。

 世話の焼ける親友だよ。