ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に

「お仕事は仕方ないもん」と、私は思ったことをそのままつぶやいた。

「そうだよね。だから、僕が代わりに遊んであげるから」

 蒼也くんは私の手を取って立ち上がると、正面の窓に歩み寄った。

「ここの庭に滝があるんだよ」

「滝って、川から水が落ちてるの?」

「そうだよ」

「えー、ホントに?」と、私はちょっと疑っていた。

 だって、ビルの間にちょこんと東京タワーだって見える都会のど真ん中だったんだもん。

「じゃあ、見に行ってみようよ」

「でも、勝手に出たら怒られちゃうよ」

「大丈夫だよ。僕が話をしておくから」

 半ズボンにサスペンダーの彼は堂々と係の人を呼んで、庭に散歩に行くと断っておいてくれた。

「行ってらっしゃいませ」と、係の人に送り出されて、私たちは大きな池のある日本庭園に遊びに行った。

 南向きで日当たりのいい庭は木々がみなきれいに刈り込まれて、丁寧にならされた砂やごつごつとした岩の配置が見事で、子ども心にも日本情緒が伝わってくる名園だった。

 私たちの足音を聞きつけたのか、通路脇の池で泳いでいた鮮やかな鯉が寄ってくる。

「これをあげるといいよ」

 半ズボンのポケットから蒼也くんが取り出したのは、ペーパーナプキンにくるまれたパンの切れ端だった。

 パーティー会場からこっそり持ち出してきていたらしい。

 小さくちぎって放ると、大きな口を開けた鯉が太い体をくねらせながらバチャバチャと水面を叩いてぶつかり合う。

 あまりの勢いに怖くなって私は思わず飛び退いた。

「大丈夫だよ」と、蒼也くんが背中を支えてくれる。「ちゃんと僕がついてるから」

「う、うん」

 私はなるべく遠くの方に残りのパンを投げた。

 鯉がすいすいと向きを変えて群がっていく。

 よっぽどおびえた表情をしていたのか、蒼也さんが私の肩に手を置いてささやいた。

「びっくりしちゃったね。次は滝を見に行こうよ」

 うなずくのが精一杯だったけど、安心させようとしてくれるその優しさがうれしかった。

「こっちだよ」

 私の手をギュッと握ると、龍のようにうねる松の木をくぐり、ポンポンみたいなツツジの植え込みの間をすり抜けて蒼也くんはどんどん奥へと進んでいく。

 トム・ソーヤの冒険みたいだなって思いながら私はついていった。