「ん……俺の翠……」
美術館に飾られた彫刻のような端正な表情なのに甘い寝言を囁かれると、すうっと不安が消えていく。
うふふ、そうですよ。
あなたの私ですよ。
翠は眠っている夫に口づけた。
「ん……」と、蒼也がうめきながら薄く目を開けた。「あっ……み、翠か」
そんなつぶやきと共にいきなり抱きしめられる。
「夢じゃないんだな」
「はい、目覚めても一緒ですよ」
「いいもんだな。これからはこんな目覚めが続くんだな」
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
蒼也が両腕を突き上げながら体を起こす。
「今日から仕事だろ。朝ご飯作るよ」
「え、蒼也さんだって、仕事あるんですよね」
「ま、いいじゃないか。とりあえず、コーヒー飲むだろ」
「はい、いただきます」
軽やかにベッドを抜け出すと、蒼也はキッチンへと向かう。
翠は少しベッドの上に座って体が目覚めるのを待っていた。
エスプレッソマシンの蒸気の音から少し遅れて濃厚な香りが漂ってくる。
釣られるように鼻を突き出しながら翠もキッチンへ立った。
「フレンチトーストでいいか?」
「え、そんなのも作れるんですか」
「簡単だろ。混ぜて浸して焼くだけ」
――世の中では、それを手間と言うんですよ。
「支度してきていいぞ。その間に用意しておくから」
「はあい、楽しみにしてます」
と、洗面所へ向かおうとしたら、パジャマの袖を引かれた。
――え?
くるりと引き寄せられ、キスが命中する。
「ちょ、えっ」
「パジャマ姿がかわいいから、つい我慢できなかった」
この数ヶ月、同居はしていたものの、寝室は別にしていたし、深夜まで仕事をしている蒼也とはすれ違ってばかりいた。
こんなふうに朝を迎えるのは新鮮な気分だった。
握りあった手から伝わる温かな気持ちを愛おしむように寄り添い、二人は何度もキスを交わした。
お盆休み明けの初日は雲一つない快晴で、朝から三十度を超えていた。
それでも預かり保育の園児たちは元気いっぱい汗まみれになって駆け回っている。
翠が教室に入ると、ヒロキくんが駆け寄ってきた。
「センセー、おはなあげる」
折り紙の向日葵だ。
「わあ、ありがとう」
「じゃあ、オレ、ナツミセンセーとケッコンしてくるねー」と、ヒロキ君は手裏剣のように花を翠に放り出すと、くるりと背を向けて行ってしまった。
「え、あ、そうなの」
お祝いしてもらったのに、なんか振られた気分。
いいですよぉだ。
私には蒼也さんがいるんだから。
手の中で向日葵をくるくると回しながら翠は一人苦笑していた。
美術館に飾られた彫刻のような端正な表情なのに甘い寝言を囁かれると、すうっと不安が消えていく。
うふふ、そうですよ。
あなたの私ですよ。
翠は眠っている夫に口づけた。
「ん……」と、蒼也がうめきながら薄く目を開けた。「あっ……み、翠か」
そんなつぶやきと共にいきなり抱きしめられる。
「夢じゃないんだな」
「はい、目覚めても一緒ですよ」
「いいもんだな。これからはこんな目覚めが続くんだな」
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
蒼也が両腕を突き上げながら体を起こす。
「今日から仕事だろ。朝ご飯作るよ」
「え、蒼也さんだって、仕事あるんですよね」
「ま、いいじゃないか。とりあえず、コーヒー飲むだろ」
「はい、いただきます」
軽やかにベッドを抜け出すと、蒼也はキッチンへと向かう。
翠は少しベッドの上に座って体が目覚めるのを待っていた。
エスプレッソマシンの蒸気の音から少し遅れて濃厚な香りが漂ってくる。
釣られるように鼻を突き出しながら翠もキッチンへ立った。
「フレンチトーストでいいか?」
「え、そんなのも作れるんですか」
「簡単だろ。混ぜて浸して焼くだけ」
――世の中では、それを手間と言うんですよ。
「支度してきていいぞ。その間に用意しておくから」
「はあい、楽しみにしてます」
と、洗面所へ向かおうとしたら、パジャマの袖を引かれた。
――え?
くるりと引き寄せられ、キスが命中する。
「ちょ、えっ」
「パジャマ姿がかわいいから、つい我慢できなかった」
この数ヶ月、同居はしていたものの、寝室は別にしていたし、深夜まで仕事をしている蒼也とはすれ違ってばかりいた。
こんなふうに朝を迎えるのは新鮮な気分だった。
握りあった手から伝わる温かな気持ちを愛おしむように寄り添い、二人は何度もキスを交わした。
お盆休み明けの初日は雲一つない快晴で、朝から三十度を超えていた。
それでも預かり保育の園児たちは元気いっぱい汗まみれになって駆け回っている。
翠が教室に入ると、ヒロキくんが駆け寄ってきた。
「センセー、おはなあげる」
折り紙の向日葵だ。
「わあ、ありがとう」
「じゃあ、オレ、ナツミセンセーとケッコンしてくるねー」と、ヒロキ君は手裏剣のように花を翠に放り出すと、くるりと背を向けて行ってしまった。
「え、あ、そうなの」
お祝いしてもらったのに、なんか振られた気分。
いいですよぉだ。
私には蒼也さんがいるんだから。
手の中で向日葵をくるくると回しながら翠は一人苦笑していた。



