ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に

 実際、風呂場は実家より広く、入ってみると思ったよりもくつろげた。

「はーぁ」と、思わず声が漏れる。

 家事全般はできるから生活することに心配はないけれど、蒼也と二人だけという点はどうしたって気になる。

 いくら偽装結婚と言われたからって、やっぱり夫婦だもんね。

 同じベッドで一緒に寝るんだろうし、もちろん、それだけじゃないだろうし。

 いいの、覚悟はできてるの。

 ただ、それがきっかけで、幻滅されてしまったらどうしようって、不安なのよね。

 私って、そんな価値あるのかな。

 容姿とか、体型とか、特徴なんてないのよね。

 漫画だと、背景に埋もれたモブ。

 嫌われたくないな。

 ガッカリさせたくないな。

 かといって、自分にできることなんて何にもないもんね。

 翠はいつの間にかお湯の中に鼻まで沈んでいて、慌てて体を起こした。

 ――ま、なるようにしかならないか。

 とりあえず、念入りに洗っておこうっと。

 普段あまり意識しないところまでしっかりお手入れをして、風呂から出ると、ラグの上でタブレットを眺めていた蒼也が顔を上げた。

「パジャマ、かわいいな」

「えっ、あ、そ、そうですか」

 思わずちゃんとボタンをはめてあるか確かめてしまう。

 自宅から持ってきた着慣れたものなのに、褒められると、なんだか急に落ち着かない感じになる。

 褒め方下手な蒼也がポロッとそんな感想を言うなんて、予想もしていなかったのだ。

 ――あまりの不意打ち、ずるくないですか?

 と、ちょっと口をとがらせる翠に笑みを向けながら蒼也が続けた。

「ずいぶんご機嫌だったね」

 え?

「風呂場から鼻歌みたいなの、聞こえてきたよ」

 ――うそ、私、歌ってた?

「フンフーンみたいな感じだったけど、かすかに聞こえたよ」

 うわあ、恥ずかしい。

 無意識にくつろぎすぎてたのかな。

「あ、あの、蒼也さんも、お湯が冷めないうちにどうぞ」

「まあ、追い炊きもできるから心配ないよ。ちょっと仕事で確認しておくことがあってさ、後で入るよ」

「そうですか」

「翠は明日は出勤だろ。先に寝ててくれ。俺はこれからドイツの投資家とオンラインでミーティングがあるんだ」

「さっきの電話もそうでしたけど、時差があるからですよね。遅くまで大変ですね」

「毎日こんな感じだよ。経営者にはワークライフバランスなんて人権はないんだろ」

「無理しないでくださいね」

「ああ、そうだな。ありがとう」