ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に

「だいたい、たまたま冷蔵庫の中に納豆と挽肉が入ってましたなんてやってるけど、入れてるのおまえじゃないかよ」

 キッチンカウンターの向こうでトントントンと小気味よく野菜を刻んでいる悠輝が包丁を置く。

「それは言わないお約束ってやつだよ」

「ヤラセだろ」

「止めてよ。お願いだから」

「ランダムに選んでるように見せておいて、どうせ実は結構事前に試行錯誤しておいしいものしか紹介してないんだろ」

「なんだよ。今日はずいぶん不機嫌だね」

 蒼也は返事をせずに、真剣な目でタブレットを眺めている。

 悠輝は話しかけるのをやめて鍋で煮込んでいるスペアリブの味を見た。

 経営者にとってプライベートとビジネスはシームレスだ。

 そんなことはもちろん、長い付き合いの悠輝は十分理解している。

 気の休まる時が少ない友人のためにも、おいしい物を作ってあげたい。

 だからこそ、こうして毎日のように押しかけてきているのだ。

「もう少しでできあがるから、先に軽く飲もうか」

「ああ、そうするか」

「じゃあ、おつまみ作って持っていくね」

 悠輝が皿に盛りつけている間に、蒼也は電話をかけていた。

「臨床試験の結果を見たんですが、どうも思わしくないようですね。今月末にマイルストーンの受領がない場合のキャッシュフローは以前の想定通りで間違いないんですよね。そうですか。なら、こちらでなんとかしておきます。はい、了解です」

 蒼也は経営者だが、三十になったばかりだから、いくらベンチャー企業とはいえ、他の役員を始め研究者はほとんど年上だ。

 だから、会話は丁寧語になる。

 自分と話す時と口調を平然と使い分ける蒼也に苦笑しつつ、悠輝はできあがったつまみをテーブルに運んだ。

 クラッカーの上にクリームチーズっぽい緑色のペーストが載っている。

「これは何だ?」

「本当はゴルゴンゾーラと空豆のディップなんだけど、上に粗挽き胡椒を振ってアクセントを効かせたいから、カナッペみたいにあらかじめ盛りつけてあるんだ。ディップしたやつに自分でいちいち胡椒を振るのは面倒だろ」

「最初からこのペーストに混ぜておけって思うよ」

「でも、それだと胡椒の味が埋もれちゃうだろ」

「そこまでこだわるような料理でもないだろうに」

「それがさ、食べたら驚くよ、きっと」