なりきるキミと乗っ取られたあたし

 少し早く学校についたから、なにもすることがない。
 夕凪もキリコと同じように、誰かから積極的に声をかけられるようなタイプじゃなかった。
 それはかえって好都合ってもんだ。
 廊下にたたずみ、窓から校門の方を見下ろして、夕凪がうまくやってるか、登校する様子を見守ることにした。

 いつもどおりの時間。
 登校してくる音無花音の姿を見つけた。
 中身が男子だって思わせない完璧な歩き方。
 キリコの自信のない振る舞いにはやきもきさせられたが、夕凪は姿勢が良くて、短いスカートからのぞく足下を見ても、膝が外を向いてなくて、直してほしいところが見当たらない。

 それはいい。それはいいのだけど――。
 その一歩先をゆく双葉と友梨奈。
 そして、どういうわけか夕凪のとなりにはキリコがいた。

 きのう、一緒に帰っても拒絶されなかったからか、キリコは厚かましくもあたしたちと行動を共にしていた。
 だからって、音無花音としては双葉たちと一直線に並ぶべきところなのに、なんだってキリコなんかに気を遣うのよ。

 夕凪はあたしたちの関係性をちゃんと理解してくれていなかった。
 キリコに合わせろとはいったけどさ。そうじゃないのに。
 じれったくてたまらない。

 あたしは教室に戻って、夕凪がやってくるのを待った。
 夕凪とあたしは偶然にも席が隣同士だ。
 だから日直もペアを組んでやるのだが、この前は入れ替わっていていたから桐子の姿をしたあたしが手伝うはめになったっけ。
 それが今度は夕凪と入れ替わってしまうなんて。

 夕凪が音無花音の席につくなり、あたしはひっそりと声をかけた。
「ちょっと、キリコと仲良くしすぎないでよ」
「ええ?」
 夕凪は目を丸めて驚いている。

「見てた。廊下から登校してくるところ」
「もう。そんなに監視しないでよ」
 少しだけ不服そうに口をとがらせて、かわいらしくあたしにうったえかけてくる。
「そんなぶりっこはあたしには通用しない。微妙な立ち位置ってもんがあんのよ」
「うーん、たしかに……なんか微妙な空気になっちゃった」
「え! ちょっと!」

 思わず肩をつかみそうになってとどまる。
 いくらなんでも女子に手は出せない。しかも相手は音無花音の体だ。
 落ち着いて問い返す。

「ちょっと、どういうことよ」
「音無さんの好きな人の話になって」
「なにそれ! だれのこと?」
「だれって……」
 夕凪は周りに目配せしながらボソッと答えた。
「今朝会った人のことでしょ」
「今朝って……まさか……」

 陽向くんのこと?
 その名を口に出すのは恥ずかしくて口ごもる。
 なんで。
 あたしが誰を好きかなんてこと、まだ誰にもいってなかったはずなのに。

「どうしてそんな話になってるの」
 夕凪は戸惑っていた。
「どうしてっていわれても……キリちゃんがいうには、音無さんの好きな人がキリちゃんと幼なじみと知って、キリちゃんに近づいたんだって、キリちゃんがふたりに話したんだ。けど、こっちはなにも知らないから、よくわかんなかったけど、キリちゃんに合わせればいいって、音無さんがいってたから――」
「ああ! もう! そういう意味じゃないのに!」

 最悪だ。考えられる最悪の展開だった。

「ごめん。峰岡さんと岸辺さんの反応見てたら、しくじったなって気がついたけど、遅かった」
「そりゃそうだよ……」

 あたしとキリコが近づいた理由は、先輩の支配下を避けるためのタッグなんだから、そんな傲慢な理由では、双葉も友梨奈もしらけて当然だ。

「なんでそんなウソを……キリコのヤツ、あたしをはめようとしているのかな」
 そもそも、前提からして違っている?
 あたしが先輩にからまれたとき、適当にやり過ごしたから、なんのことかさっぱりとわからなくて、キリコにたずねた。
 つまり、あたしはキリコからしか話しを聞いていない。

 もし、キリコが本当のことをいってなかったとしたら……?
 キリコがなぜ先輩にからまれていたのか。
 あたし――音無花音は本当にその件に巻き込まれていたのか。

「確認しなくちゃ。夕凪も付き合って」
「え? 付き合うって、なにを?」
「先輩から話しを聞き出さなくちゃ」