なりきるキミと乗っ取られたあたし

 あたしは音無花音だ。
 音無花音とそのツレの行動パターンを熟知している。
 あたしは彼女たちが登校してくるよりも早く学校へ来て、一階の女子トイレにひそんでいた。

 きのう起きたことを試してみるしかない。
 すっごく痛かったけど、これしか戻る方法が思いつかない。
 なんらかの強い衝撃で入れ替わりが起こってしまったんじゃないかと思っている。

 今朝はキリコママに起こされて、白がゆにシャケフレーク、じゃこ入り卵焼きを食べてきた。
 エネルギーをチャージしたからなのか、やる気でみなぎっている。
 ぜったいに体を取り戻して見せるんだから。

 いつものように大声で話す双葉の声が聞こえてきた。だんだんとこちらへ向かってきている。
 昇降口から二階へ上がる階段、その奥にトイレという配置だ。
 階段を上っていったらすぐにここから出ていかねばならない。
 上の方まで行ってしまったら危険だ。転がり落ちて骨折しかねない。
 二、三段くらいがちょうどいい衝撃なのだろう。

 あたしはその気配を感じ取ってトイレから出ていくと、すぐにあとを追った。
 双葉と友梨奈、そして中身がキリコの音無花音。
 中身がキリコとはいえ、三人の後ろ姿を見て安心する。
 キリコには彼女たちとの待ち合わせの時間と場所を伝えていたのだが、ちゃんといつも通りの行動を取ってくれたようだ。
 特に問題は起きてなさそう。

 三人は階段を上りかけていた。タイミング的にはちょうどいい。
 あたしは手を伸ばして音無花音をつかもうとした。
 だが、手をつかめそうにない。
 ならばと、肩にかけたバッグを引っ張ろうとしたときだった。

 パシンッと大きな音がして右手に大きな衝撃が走った。
「同じ手にはのらないよ」
 あたしの手をはたいたのは友梨奈だった。警戒されていたのだ。

「キリコ、マジでヤバい」そして双葉は鼻をつまんでいった。
「っていうか、湿布臭くてバレバレ」
 しまった。背中と腰が痛くて我慢できず、湿布を四枚も貼って寝たんだった。

 双葉はゲスい笑い方をすると、何事もなかったかのように友梨奈とふたりで音無花音をがっちりガードして階段を上っていった。
 ふたりがすっかり腰巾着になったように見えてくる。――いや、それどころか今回のハプニングで結束力が増したようだ。

 もう一度転がり落ちるという機会を失ってしまったあたしは、上から降り注いでくる声を聞いてることぐらいしかできなかった。
「そういうえば花音さー、スマホどうした?」
「ん?」
「全然返してこないじゃん」
「ああ、きのう雨に打たれたらさ、ちょっと調子悪くて」
「ウソ。災難続きじゃん」

 おかしい。音無花音のスマホはあたし自身が持っているはずだ。
 バッグから取り出して電源ボタンを押す。
 ――あ。充電切れだ。

 そういえば充電するのを忘れていた。キリコの部屋に充電器ってあっただろうか。机の上にもなかったし、ベッドのヘッドボードにも電気スタンドと小さなボックスティッシュが置いてあるだけだった。
 充電するだけなら百円ショップで売ってるようなものでも大丈夫かな。あ、だめだ。お金ない。

 音無家にどうにか帰らないと。でもキリコの協力なしには無理だ。玄関の鍵を持ってないし、誰かいても勝手には入れない。
 充電切れならスマホでキリコとこっそり連絡取れないし、取り巻き二人がいては直接話しかけるのも無理っぽい。学校が終わってから自宅前で待つよりほかはなさそう。

 がっくりと肩を落として階段を上っていくと、三人の会話はまだ続いていた。
「立て続けに災難が起こるとかさ、なんか取り憑かれてるよ、それ」
「キリコだ、キリコに取り憑かれてる」
「やめてよ」
「逆にわら人形でキリコを呪いなよ」

 あたしたち、あんなに大声で騒いでいたんだ。客観的に見ると、たとえ自分のことを言われているのではなくてもうっとうしい。
 でも、あたしたちは半ば、わざとそうしているみたいなものだった。周りの子たちがそば耳立てて、「こいつをいじるのはありだ」というのを知らしめるために。
 みんな安心するのだ。ターゲットが自分ではないことに。そして、誰かがそうしてるなら、自分にも責任はないって。むしろ同調しておく方が無難だって。

 あたしはそっち側の人間じゃない。先導する方だ。
 なんのためにここまでやってきたんだ。
 キリコにその地位をゆずるためじゃない。