平城京の導き ~古都の物語~

(そう、やっと分かったわ。この気持ちが。私は彼に恋をしていたのね)
 安宿媛は、ようやく自分の想いに気がついた。相手があまりに近い存在だったため、そのことに今まで気づけずにいたのだ。
 そのことに溢れるような喜びを感じ、そして、とても愛しい表情で彼を優しく見つめていた。
 その彼女の視線を受けて、首皇子は思わず不思議そうな顔になる。
「安宿媛、どうかした?」
 それから彼女は、彼の手をそっと自分の頬に持っていくと、感情のままに言った。
「首(おびと)......大好き」
 そこにいるのは、ただ恋心を向ける、可憐な乙女そのものだった。
 誰かを想い、そっと抱きしめるような、淡い恋心。
 安宿媛の内には、そんな想いが柔らかく満ちていた。
 だが同時に、その一言は、首皇子の胸をも強く打ち抜いていった。彼もまた、初めて、彼女を一人と女性として意識した瞬間でもあった。
「君は、なんてことを」
 その瞬間、首皇子の表情が、はっきりと変わった。まるで何かに気づいたかのように、彼はゆっくりと安宿媛に顔を近づけ、両手でそっと彼女の頬にやさしく触れた。
「どうして、今まで気づかなかったんだろう。こんなにも、君を想っていたことに」
「え……あなた、何を言って」
「もう、二人の時は“首”でいい」
 そう言って、彼はそっと額を寄せてきた。
「これが……愛しいってことなんだね」
 ふいにほんの一瞬だけ、二人の唇がかすかに触れていた。
 けれど、その瞬間が互いにあまりにも幸せで、それさえも考えられなかった。
 それから半分抱き合うようにして、二人はそっと目を閉じた。まるで、今はもうそれ以外に何も求めるものはない、と言っているかのように。
 そんな姿を、ススキの原を渡る風が、優しく包み込んでいた。

 これは、人々の願いによって築かれた平城京――その古都の時代を共に生きた、安宿媛と首皇子、若い彼らの物語である。


                   (完)