こうして不比等らは、安宿媛の部屋を訪れた者を、ひとりひとり確かめていくことにした。だが、使用人たちは皆、自分たちは呪詛など持ち込んでいないと訴え、その言い分を変えようとはしていなかった。
不比等自身も、使用人たちにそのようなことをする動機は見当たらず、この線はいったん外し、考えを切り替える。
そして今は、ここ何週間かのあいだに邸宅へ出入りした者を、ひとりひとり確認している最中だった。
「安宿媛のためにも、早く犯人を見つけないと……」
首皇子は、ここ数日のあいだ、東院と不比等邸を行き来していた。
彼の教育役であり、東宮傅でもある武智麻呂も、当初は反対していた。だが今回は、安宿媛に関わることだ。首皇子の意思はとても固く、意見を変える素振りはまったく見せなかった。
結局のところ、武智麻呂も目をつぶるしかなかったのである。
(お祖父さまの調べを、ただ待つことしかできないのか)
焦りと苛立ちを、首皇子は隠しきれずにいた。今は邸宅の外に出て、思考を巡らせている。その彼のもとへ、使用人の一人がふと声をかけてきた。
「首皇子、少しお聞きしたいことがあるのですが」
「え、俺に?」
「はい。今この邸宅に出入りしている人物を、ひとりひとり確認しているのですが、少し気になることがありまして」
「気になること?」
「その、なぜかは分かりませんが、長屋王の使いの者が、ここへ度々やって来ているのです」
「なぜ長屋王の使いが、この邸に?」
「はい。用向きは、不比等様への政に関わる話であったり、農産品を贈り物として持参したりと、表向きは特に不自然ではありません。ただ……」
「ただ?」
「ちょうど、皇子がこちらへ通われるようになってから、その頻度が増えている気がしまして」
「な、何だって!俺が来るようになってから?」
「はい。ちょうど今は、不比等様が外出されております。それで、皇子にお聞きしてみようと思ったのです」
首皇子はそれを聞き、深く考え込んだ。確かに、それはいささか不自然だ。やがて彼の脳裏に、あるひとつの記憶が、ふっと浮かび上がってきた。
(そういえば――以前、大学寮へ向かう途中、長屋王邸の前を通った際に、少し怪しい人物を見かけたな)
「長屋王、そうか。あそこなら、安宿媛の存在を、確かに脅威と感じるかもしれない」
彼女を取り巻く状況が、自分の思っていない方向へ、どんどんと進んでいるような気がする。だが、相手が誰であろうと、彼女を不幸にすることだけは、決して許さない。
それから首皇子は、藤原不比等の帰宅を待ち、思い切ってこのことを彼に告げることにした。
不比等は首皇子からの話を聞き、一瞬だけ間を置いてから、低くそう答えた。
「なるほど......長屋王なら、確かに考えられなくはない」
長屋王のもとには、すでに娘が嫁いでおり、そこには孫たちもいる。それでも彼は、己の感情を押し出すことなく、長屋王邸を当たる決断を下す。そこには情け容赦のない、時の権力者としての彼の姿があった。
それから不比等は、その訪問者たちに疑いを抱き、極秘裏に、彼らの取り調べを行うことにした。
不比等自身も、使用人たちにそのようなことをする動機は見当たらず、この線はいったん外し、考えを切り替える。
そして今は、ここ何週間かのあいだに邸宅へ出入りした者を、ひとりひとり確認している最中だった。
「安宿媛のためにも、早く犯人を見つけないと……」
首皇子は、ここ数日のあいだ、東院と不比等邸を行き来していた。
彼の教育役であり、東宮傅でもある武智麻呂も、当初は反対していた。だが今回は、安宿媛に関わることだ。首皇子の意思はとても固く、意見を変える素振りはまったく見せなかった。
結局のところ、武智麻呂も目をつぶるしかなかったのである。
(お祖父さまの調べを、ただ待つことしかできないのか)
焦りと苛立ちを、首皇子は隠しきれずにいた。今は邸宅の外に出て、思考を巡らせている。その彼のもとへ、使用人の一人がふと声をかけてきた。
「首皇子、少しお聞きしたいことがあるのですが」
「え、俺に?」
「はい。今この邸宅に出入りしている人物を、ひとりひとり確認しているのですが、少し気になることがありまして」
「気になること?」
「その、なぜかは分かりませんが、長屋王の使いの者が、ここへ度々やって来ているのです」
「なぜ長屋王の使いが、この邸に?」
「はい。用向きは、不比等様への政に関わる話であったり、農産品を贈り物として持参したりと、表向きは特に不自然ではありません。ただ……」
「ただ?」
「ちょうど、皇子がこちらへ通われるようになってから、その頻度が増えている気がしまして」
「な、何だって!俺が来るようになってから?」
「はい。ちょうど今は、不比等様が外出されております。それで、皇子にお聞きしてみようと思ったのです」
首皇子はそれを聞き、深く考え込んだ。確かに、それはいささか不自然だ。やがて彼の脳裏に、あるひとつの記憶が、ふっと浮かび上がってきた。
(そういえば――以前、大学寮へ向かう途中、長屋王邸の前を通った際に、少し怪しい人物を見かけたな)
「長屋王、そうか。あそこなら、安宿媛の存在を、確かに脅威と感じるかもしれない」
彼女を取り巻く状況が、自分の思っていない方向へ、どんどんと進んでいるような気がする。だが、相手が誰であろうと、彼女を不幸にすることだけは、決して許さない。
それから首皇子は、藤原不比等の帰宅を待ち、思い切ってこのことを彼に告げることにした。
不比等は首皇子からの話を聞き、一瞬だけ間を置いてから、低くそう答えた。
「なるほど......長屋王なら、確かに考えられなくはない」
長屋王のもとには、すでに娘が嫁いでおり、そこには孫たちもいる。それでも彼は、己の感情を押し出すことなく、長屋王邸を当たる決断を下す。そこには情け容赦のない、時の権力者としての彼の姿があった。
それから不比等は、その訪問者たちに疑いを抱き、極秘裏に、彼らの取り調べを行うことにした。



